卒論後

以下は、mixiで書いたものの転載です。
最近思ったことのまとめです。不評なんですが、何度書いてもこんなような内容になるので、このまま載せてしまうことにします。

 卒論を出してから初めての日記。本当はいろいろすぐに書こうと思っていたけれど、提出した日にものすごく嫌なことがあって、卒論ごと思い出したくなくなった。まあ、卒論そのものだって決して思い出したくはないのだけれど。

 これでほとんどあの大学に行く用事がなくなった。せいぜいレポートをいくつか出して、演習で発表を一回するだけだ。だから定期も買わなかった。買うと変な貧乏癖が出て、意味もなく大学に行ってしまいかねない。あんなところには行きたくない。

 もう、入学してから4年がたつのかと思うと、そりゃあ老けるよなと納得してしまう。あの頃の僕にはたいして大切なものなんてなかったけれど、今は違う。自分にとって意味のあることとそうでもないこととが弁別できるようになった。友人には馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し話したことだが、要するにそれは「代替性のなさ」だ。面倒だから説明はしない。

 あの頃も馬鹿だったが、今も馬鹿だ。と言いつつ、多少はお利口さんになったとも思う。だって、もうすぐ24だ。利口にもなる。できれば、もう少しまともになりたい。利口ではあってもまともではないんじゃあ、人間としていいとは言えない。

 話が変わってしまった。大学のことを考えているんだった。あの大学に入ってよかったことはほとんどないが、ひょっとしなくても就職には役立っただろうから、それはそれで意味があるが、そもそも東京に来なければわざわざ東京に就職することもなかったわけで、全部ひっくるめると結局よくない。
 数えるほどの友人には恵まれた。道内の大学に行っていてもそこではそこでなりの変わった人間に出会えたのだろうが、東大では東大なりの変人がいるんであって、たとえ少数ではあってもそういう人間に会えたのは、よかった。彼らには、卒業してからも関わっていきたいし、そうでなかったら、悲しい。生きるというのは概して悲しいものだから、そういうものかもしれないのだが、でもまあ何人かくらいは付き合ってくれるだろうと勝手に思っている。

 書きながら高校時代をつい思い出してしまうが、あの頃は必死だった。妙に自分に自信もあったし、楽しくて仕方がなかった。優秀な友人にも囲まれて、張り合いもあった。
 要するに、自分の視点が、きちんと開闢点として機能していた。今は少し違う。何が何だかよくわからなくなった大学の数年間という期間を経て、もう一度その地点に意識的に立とうとしている。それは楽しいことでも楽なことでもないが、つまらないことではない。いや、極めて重大なことだろうと思う。結局のところ、食ってる米の味は僕にしかわからんのだ。

 大学時代を終わらせるとともに、今住んでいる家ともおさらばする。「そういや、あの頃は世田谷に住んでたな」と、そういうことにしてしまうことにする。この辺の記憶とともに、どこか曖昧なものとして大学時代のことは封印されるんだろうなという気がしている。北海道の田舎の人間が間違って入り込んだ世界の記憶として、いわば物語として、どっかに尾ヒレがついたり穴があいたりして、家のその辺に転がっているんだろうなあ。


 卒業までに、なるべく多くの人に会うつもりでいる。特に何も考えずに、会うつもりでいる。まあ、多くったって、僕の場合は本当に知れているのだけれど。友人というのは双方向性を有する関係だろうと当然思うわけだが、そういう意味で僕はいろんな人間に忘れ去られそうだ。「誰が知らなくても、僕はここで勝手に生きてます」という風には、まだなれそうにない。