お薬事情

ブログが半年に1回のペースになっている。中谷彰宏の出版ペースよりずっと遅い。
最近32歳くらいになり、より一層年齢を感じるようになってきた。首や肩のコリ、目の疲れ、肉や油物を食べたあとの胃のもたれ(下手すると夜に悪寒と腹痛)、階段での足のもつれなど。身体的なものだけでもこれくらいある。こうなってくると、自然クスリ的なものに頼りがちで、中でも比較的いいんじゃないかこれ?と思って使っているものを紹介する。

胃腸系

何と言っても胃がますます弱くなった。カルビの焼き肉なんて4枚食べただけで夜死にそうになるし、サーロインステーキなんて食べようとも思えない。ちょっと油のある肉を食べたり天ぷら食べただけで「あれ、夜大丈夫かな…」となるので、そんなときはこれ。

【第2類医薬品】太田胃散 210g

【第2類医薬品】太田胃散 210g

ご存知、「いい薬」です。昔はふ〜んとも思っていなかったが、実際飲んでみるとテキメンに効く。胃痛から胃もたれ、吐き気と多方面に効く。常備薬とはこういうものか…と30になって理解した。
武田コンシューマーヘルスケア 新ビオフェルミンS錠 350錠 【指定医薬部外品】

武田コンシューマーヘルスケア 新ビオフェルミンS錠 350錠 【指定医薬部外品】

よく飲み忘れるが、常用しているとお腹の調子がいいような気がするのがこのビオフェルミン。飲み始めは便秘傾向になることがあるような気もするが、そのうちに快調になる(気がする)。エビオスもどうぞ。

目薬系

一時期、エライことになりかけた目。今は特段何ともないものの、仕事柄?目が疲れやすい。乾くし、ひどいときは朝目が開けづらい(まぶたと眼球に若干の摩擦を感じる)こともある。そんな中、いろいろな目薬を試してみた。結果、自分に合う?ような気がした(染みない、何となく楽になった感じがする)のは市販のものだと以下の2つ。

【第3類医薬品】アイリス50 14mL

【第3類医薬品】アイリス50 14mL

【第3類医薬品】ハピコム フォスター40 15ml

【第3類医薬品】ハピコム フォスター40 15ml

アイリス50の方が、ビタミンB系の効果なのかより効くような気がする(気持ちの問題だと思うが、それ込みで)。しかし若干高い(600〜900円くらい)ので、今はフォスター40を使っている。こちらは北海道ではおなじみのツルハドラッグでは比較的よく取り扱っており、200円程度と安い。
しかしいちばんよかったのは、処方薬である「サンコバ点眼液0.02%」。眼科で疲れ目を訴えるとたいていもらえる。

肩こり系

何度か肩に強い痛みを感じたことがあり、持っていたかばんを落とすほどだったこともあったが、いずれも外科での診断は「肩こり」。ホントですか…と思ったが、実際に肩甲骨だとかを動かすとまあ痛い痛い。首も同様で、ほっておくとたまに強めの痛みが出る。どうにもならなかったときに、緊急避難として使ったら意外と効いたのがこれ。

【第2類医薬品】ボルタレンEXゲル 50g ×2

【第2類医薬品】ボルタレンEXゲル 50g ×2

どう考えても対症療法だが、痛みを我慢しなければならないときには役立つ。ちなみにこちらも、処方薬である「スミルスチック」の方が効くには効いた。

栄養ドリンク

クスリではないが、ついつい頼ってしまう栄養ドリンク。気持ちの問題だと思うが(言い過ぎ)、効く気がする。こちらもいろいろ試したが、効いた感があったのは、ユンケル、エゾエース、マージョンDX3000α。

【第3類医薬品】新エゾエースH 50ml×4本入 ×5個セット

【第3類医薬品】新エゾエースH 50ml×4本入 ×5個セット

エゾエースとマージョンDX3000αはツルハドラッグでしか見たことがなく、特に前者は津軽海峡以南ではまったくの無名と思われるが、非常におすすめ。マージョンうんちゃらもハピコムブランド(が何なのかよく知らないが)なので、取扱店は限られていそうだが、安い割にはなんかいいような気がする(曖昧)。

まとめ

いろいろ書いたが、なんだかんだ本州にいたときよりはずっと健康になった気がする。クスリも日常生活における一種のスパイスとして、たまに使ってみる程度であればいいんではないだろうか。その割には太田胃散を飲みすぎているような気もするが…。

2014年ももうすぐ終わり

ことし

早いものでもう大晦日。簡単に1年を振り返ってみようかなと思ったが、何より時間がないので手短に。「箇条書きにするとわかりやすくなる!」といまだに書いている本があるが、そういう問題じゃないだろう。

  • 仕事が忙しい。長時間労働は大嫌いだが、組織の事情もあり遅くまで引っ張られている。
  • 職場におけるポジションが確立しつつある。前の会社に比べればお気楽極まりない環境だが、ちょっとしたイス取りゲームみたいな感じがあり悪くはない。
  • 模様替えを何度かした。同じ家でも、レイアウト(インテリア?)を変えると生活も変わる。
  • 要らないもの(服とか)を捨てた。モノは少ないほうがいいと理解できるようになったが、まだまだ捨てる余地がありそう。
  • ミシンを購入。洋裁にハマる。プラモデルと違って実用的なので、と家族を納得させている。
  • デスクトップPCを手放し、ノートPCだけになった。Macbook Proが1台あれば、WindowsLinuxも動かせるし、何でもできる(それが使いやすいかは別)。と言いつつ、小型のサーバとしてRaspberry Piを購入。楽しい。
  • タブレットを家族分購入。いやこれ便利。PCの所有率が下がるのも納得。
  • いまだにガラケースマホを使っている人を見るたび、お金持ちだなと思う(やっかみ?)
  • 掃除のコツを少しつかんだ。年の瀬になって、いくつか掃除のポイントを学んだ気がする。重曹おすすめ。

らいねん

  • 車を運転したい。道民なのにここまで車に乗らない人間も珍しいのではないか。このままではペーパードライバーっぷりが加速して、免許を返納しかねない。
  • 洋裁をもう少し上達させたい。フォーマルっぽい服をピシっと作れるようになりたい。
  • 身の回りのことをもう少しきちんとするようにしたい。掃除とか、そういうの。職場の机もキレイにする。
  • たまには料理をしたい。妻に任せっきりなので、たまには。
  • 野球を観に行きたい。行けるかな?

最後に

もう31歳。向こう20年くらいは(生きていれば)忙しそうだが、それに見合った人格的成長を遂げている自信はない。とは言え、5年位前に比べればだいぶマシになったということで満足する。
これくらい生きてくれば、さすがに「何とかは一日にしてならず」的な表現の意味がずしりと重く感じられるようになる(要するに肩こりがひどい)。日々めんどくさがらず、家族や自分のためと思ってやるしかないね。

日記に擬態した何か

気づいたら1年近く何も書いてなくて驚いた。たまには少し何か書いてみようかな。
と思ったものの、気がついたら15分経っていた。普段ものを書かないと何も書けなくなるみたい。最近は仕事でメールを書く機会すら減っていて、せいぜい手元のメモ帳にグダグダ書くくらいしか文章を綴ることがない。文章書くのが好きだと思っていた頃もあるけれど、案外そんなことなかったんだなというのがこの1年間を振り返ればわかる。本当に好きなのは二度寝と遅起きくらいかな。最近はそれも控えめ。
まあそんなことはいいとして、どうして何か書こうかなと思ったかというと、職場の人間に「本書けるんじゃないですか?」とたまに言われるので、本は書けないがブログの記事くらいなら書けるかなあと思い至った次第。しかし、ここまで書いていて、それすらも書けるかどうか怪しいなと思っている。相変わらずおだてには乗りやすいが、登る木は低めの木を選ぶようになった。人間、変わらないようでいて少しは変わる。時間というのは恐ろしい。
ちなみに今、白湯を飲んでいる。年々、体に刺激のある飲み物を摂らなくなってきた。コーヒーは2,3日に1杯くらいに抑えているし、アルコール類もたまの飲み会でしか飲まない。会社ではたいてい、玄米茶かハーブティ、ポットのお湯のどれかを飲んでいる。紅茶を飲むこともあるが、すぐトイレに行きたくなるのであまり飲めない。長時間の打ち合わせが続くと、カフェインの効果が切れてもまだまだ話し合いが終わらないため、終盤にはかえって疲れてしまう。そんな生活が続いた結果がこれなのだと思う。たぶん。
こんな何の役にも立たない文章だけ書いて終わるのもさすがに申し訳ないので、最近読んだ本でも紹介して終わることにする。

どうしてこの本を読もうと思ったかのきっかけはよく覚えていないが、読んでみたら案外仕事に役立ちそうで驚いた。戦略論は戦争と切り離せないが、戦争以外の場面でも当てはまりそうな事例なり言葉なりというのがあっておもしろい。今さらながら、マキャベリ孫子を読み返すきっかけにもなった。改めて、マキャベリの人間観というのは正しすぎて怖いと思った。孫引きになってしまうが、ひとつ引用しておく。

マキアヴェリによれば、相手の偉大さや気高さに惹きつけられたわけではなく「値段で買い取られた友情」は、いざというときの当てにはならない。また、「人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つけるものである」。(p.54)

飼い犬に手を噛まれる、というのは、案外当たり前のことなのだろう。

今週のお題「梅雨」…は過去のこと

ご無沙汰しております。ところで今週のお題は梅雨だそうですが、ここ北海道というのは梅雨がないと言われています。最近は本当に梅雨がないといっていいのかかなり怪しい感じになっています。
梅雨にまつわる何かいいエピソードがないか考えたものの、何も思い出せませんでした。というか、東京時代の記憶がすでに薄らぎつつあります。つい最近、知人の結婚式で東京(千葉か…)に行ったものの、懐かしさを感じるどころか「一刻も早く北海道に帰りたい…」と思ってました。結婚式自体はとても楽しかったですが、やはり関東の土地には馴染めないですね。
東京と北海道では本当に気候が違い、寒さだったり降雪だったり、道外の人間にはちょっと暮らせないですという感じだと思いますが、ここで育ってしまうとやっぱりこれが懐かしいし、これが暮らしってやつだよなあと思ってしまいます。中上健次の小説ではないですが、やはり人間というのは土地というものからそうそう自由にはなれないんだと、年々強く感じるようになりました。
もしそうであるなら、これから少しずつ気候が変わってしまったとしたら、自分の慣れ親しんだ土地というものは記憶の中にしかなくなってしまうことになるんでしょうかね。

今週のお題「卒業」

はてなで「今週のお題」というのがあったので、初めて乗ってみることにします。お題は「卒業」だそうな。考えてみると、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と5回も卒業式に出たことになるんですね。昔の記憶はどんどん無くなっていくので、もはや卒業式そのものは大学のときのものしか覚えていないのですが、卒業にまつわる思い出が多いのは高校のときです。

高校では自分の人生を方向づけるに十分な出会いや経験があったので、そこから抜け出ることに対する恐怖というか不安が大きく、正直言って寂しくてたまらなかったです。大学受験にはあっさり落ちたので、勉強しなければならないというプレッシャーが不安を抑えつけてくれましたが、今から振り返ると、「そのときの積み残しを放置して次の場所へトンズラする」という、今に続く悪しき行動様式はこの頃に確立したんだと思います。

この行動様式は予備校→大学前半→大学後半→会社と漏れなく繰り返され、その都度「ああ…」とがっくりきます。つまるところ、卒業というのは、単に時間の経過によってもたらされる区切りではなく、「業を卒える」ということだったんですね…(当たり前)。だからと言って、「こういう当たり前のことに、30歳目前にして思いを致すというのが悲しい…」とは思わなくなったところに、ああ年を取ったなあと感じます。

小学校や中学校はあまり楽しいこともなかったので、さっさと卒業できてうれしかったです。こう書くと同級生に怒られそうですが、要するに、人生が有限であるということに気が付かないほど若かったということです。高校にもなると、「あれ、人生ってもう取り返しがつかない感じになってない…?」ということに気がついてしまったんでしょう。

なぜ、老人が子どもを見るときのまなざしの多くが穏やかなのか、そろそろわかってきた気がします。そしてそれは、親が子どもの卒業のときに見せるまなざしの延長線上にあるものなのでしょう。たぶん…。

佐藤優『獄中記』

先日、東京に向かう航空機の中で佐藤優『獄中記』を読み返していた。初めて読んだのはいつだったか忘れた(おそらく2009年)が、これまで何度も読み直していて、そのたびに何かしら新しい発見がある。今回読んで初めて、岩波現代文庫版のあとがきにこう書かれていることに気がついた。

私とは、「私自身と私を取り巻く環境」であるが、本書『獄中記』が書かれたときの環境は、このようなものであった。(p.599、強調引用者)

この何気ない注釈めいた文章の意味が、ようやくわかったような気がする。

「今となって考えてみれば……」これが検察の切り口である。今となって考えてみれば問題があるならば、当時も問題を感じていたはずであるという形で違法性認識への道を作る。要するに物語を再編させるわけである。しかし、現在の視座で過去の物語を再編する権利は誰にもない。自らがコミットしたあの時代に対する責任を放棄することになる。一度、このような踏み越えをすると永遠に「物語」の再編に怯えなくてはならない。権力の圧力による自己の過去の再編を、インテリは受け入れるべきではない。(p.152)

野暮ったい解説をする必要はないと思うが、彼が「『物語』の再編に怯えなくてはならない」と言っているのは、過去を自分に都合よく捉えることを始めたが最後、過去と正対できなくなるという意味であろう。過去に自分を取り巻いていた環境と、そのときの思考や行動は不可分である。「今となって考えてみれば…」という言い方は、「今」自分を取り巻く環境があって生まれる言葉であり、今の環境を過去の行動の評価に組み入れるべきではないのだ。自分にとって都合の悪い「過去」から目をそらす癖がついてしまうと、過去の自分と向き合うことはもちろん、周囲の人間と向き合うことも難しくなる。

佐藤は別のところで

「馬鹿」とは知性や能力の問題ではなく、誠意、良心の問題であるということは新たな発見でした。(p.280)

と書いているが、要するに「過去の物語を再編」する人間は「馬鹿」であるということであろう。

もっとも、大森荘蔵ではないが、過去は今の自分の頭の中にしか存在しないのであり、過去を想起する自分は常に今の環境に取り巻かれているのであるから、過去を想起するということはどうしたって再編を伴う。カメラをどこかに固定しない限り撮影できないのと同じだ。当然佐藤もそんなことは理解していて、だからこそ「良心の問題」ということになってしまう。

獄中記 (岩波現代文庫)

獄中記 (岩波現代文庫)

おまけ

この本には「外務省の後輩へのメッセージ」が多く含まれており、僕を含めた若い人間には勉強になることばかり書かれている。それなりに厚い本ではあるが、その部分だけでも拾い読みしてみると、何かしら得るものはあると確信する。

10年間の短い回想

今時点でどんな人がこのブログを読んでいるのかわからないんですが、ちょっとここしばらくのことを振り返りつつ、現状どうなっているか曖昧に説明したいと思います。

大学

大学は苦労して入ったので、合格したときは嬉しかったです。最初の頃は気取ってましたが、そのうちそんな気力もなくなって、割と普通の学生だったと思います。

中島義道アメリカ文学

大学では講義を熱心に聴くというより、本ばっかり読んでました。一番多いときは家に千冊くらい本がありました。今では300冊くらいに減りました。中でも、異常にハマったのがよしみっちゃんこと中島義道です。現実に出会ったらどうか知りませんが、共感しながら著作をひたすらに読み続けていました。
一方で専門にしてしまったアメリカ文学もたくさん読みました。ポール・オースターとか、メルヴィルとか…。でもなぜかいちばん面白かったのはカフカですね。アメリカ文学じゃないですが。面白かったので、無理矢理卒論にねじ込みました*1。卒業もさせてもらえました…。

就職活動

今思うと、非常に世間を舐め腐った就職活動をしていました。IT業界を中心に受け続け、あやしくないSIerに拾ってもらいました。この就職活動が意外と堪えたらしく、内定後長いこと頭痛に悩まされました。これ以降、頭痛とは付き合いが続くことになります。
それにしてもなぜ東京、そしてIT業界を受けたのか、今となっては無謀だとしか思えません。当時考えた理屈は思い出せるものの、ずいぶん安易な考え方だったなあと。

社会人あるいは会社人として

新卒で入社した会社には、およそ5年強勤務しました。最低5年、と思っていたので、本当にそのギリギリしか自分の忍耐は続かなかったということになります。

仕事の選び方

会社ではいろいろと経験できました。なるほど優秀というのは、

  1. 手を動かすのが早い
  2. 周囲を動かすのがうまい
  3. 自分の身を守る術を知っている
  4. 他人に深入りしない(おまけ)

ということなのかもしれないなあと思いつつ、自分にはほとんど当てはまる要素がないなあと思ったので、いずれは辞めようとかなり早い段階で決めていました。「やりたいことをやる」でもなく、「できることをやる」でもなく、「できないことはやらない」で行こうと決めました。
変に有名大学を出たことと、それっぽい言葉が使えることのせいで、実際にできることとできそうに見えることとの間に乖離が生じてしまいました。成長願望の強い人はこの状況を前向きに捉えられるのかもしれませんが、僕のように体力気力ともに乏しい人間は、実際にできることを着実にやるというスタンスで行くしかないなあと、ある時点で思い至りました。

結婚

会社員3年目、ひっそり結婚しました。ひっそりというのは、結婚式やパーティーなんかのイベントを行わなかったからです。両親には少し申し訳ないなと思いますが、結果的にはこれでよかったなと。披露宴なんてやっていたら、抱えなくていいストレスを勝手に背負い込むことになっていたでしょう。
もう結婚して4年目になりますが、結婚して本当によかったです。結婚についてたまに相談されますが、いつも答えは同じで、「迷ったら結婚しない方がいいと思う」と言っています。まあ、当人同士で決めることなので、他人が何か言えるわけもないんですが。

北海道に戻る

いろいろとゴニョゴニョした末、北海道に戻ることにしました。

Uターン転職

どうしても北海道で働きたいと思い転職活動を始めるも、思い通りに行かない部分もありつつ、最後はなんとか地元の市内で決めることができました。久々に「これは…まずいぞ」という心理状態を味わいながらの数ヶ月間でしたが、そもそも動物というのは危機感の中で生きていくものかもしれないなあとも思います。

雪国の暮らし

地元に帰ってきたので当たり前なんですが、「ああ、帰ってきたなあ」と毎日のように思います。あっという間だったと回想することもできる一方で、10年近く関東で暮らしていたという時間の蓄積は、やはり少なくない影響があったようです。少しずつ、過去の自分と今の自分を線で結び直す作業が行われているような気がします。
これもやはり当たり前なのかもしれませんが、自分が生まれた環境からは多大な、回避することのほとんど不可能な影響を受けるんだなと思います。高校の頃の自分にはそういうものに抗いたい気持ちがあったのか、あまり深く考えず東京に出て行きましたが、東京で暮らし始めてすぐ、「北海道に帰りたい」と思い、そしてその思いは東京で何年暮らしても変化することはないままでした。

終わりに

大学卒業してもうすぐちょうど10年になります。この10年、自分なりにずいぶんいろんなことがありました。少々自分の能力を超えるような出来事も多くあったように思います。しばらくは自分の中に今あるものを見つめなおし、あるいは静かに葬り、そして周りの物ごとをひとつずつ把握するための作業を始めるつもりです。

*1:『断食芸人』という作品を扱いました。