怖い

生きている。生きているだけ。

いつか死ぬ。遠からず死ぬ。たまらなく怖い。


小学校2年生のとき、初めてひとりで行った祖母の家で、夕ご飯を食べていたらとつぜんに涙が止まらなくなった。親がいなくて寂しいんだと勘違いされたら恥ずかしい。そう思って、逃げるように布団に入った。
言うまでもないけれど、僕が怖かったのは、「いつか死ぬ。両親も死ぬ。僕も死ぬ」ということに唐突に気付いたからであり、「死ぬのが怖い」からである。
それからしばらく、そういう種類の怖さを感じたことはなかった。感じていたのかもしれないが、今となってはもう覚えていない。初めて事実を突きつけられたときの、強烈な恐怖が感覚として残っているだけだ。
大学に入って、再びその恐怖が甦った。緊張の連続だった浪人を終え、東京で一人暮らしを初めて約半年、生活がだいぶ定型化してきて(ぐちゃぐちゃな生活は、ぐちゃぐちゃなりに習慣となる)、余計なことを考えるようになったからかもしれない。
でもそれも今は昔。の、はずだった。今年になって本格的に二人暮らしになり、やんやと賑やかな生活を送っていたから、そんな種類の思考からは遠ざかっていたのに。それなのに、怖い。
あの小学校2年生のとき、「僕はまだ8歳なんだから」と思っていたような記憶がある。そう、8歳の僕にとって、年を取るということはあまりに現実感のない、いわば空想でしかなかった。だからこそ、自然にそんな怖さは遠のいていったのだと思う。でも、23歳になった今、8歳の頃のあの恐怖との距離は、とんでもなく短いものに思える。すさまじい勢いで、僕は「今」を食っている。誰にも止められないということの恐怖。死に向かってひたすら突き進んでいるという感覚。

でも、と再び僕は思う。踏ん張らないとならない。僕はひとりで時間を食い続けているのではない。ひとりの時間を食い続けているのでもない。暗闇に静かに落ちていくしかないんだという事実を、身体と心で受けとめて、その事実を忘れるでもやり過ごすでもなく、生きていくしかない。机の上に、小さなスヌーピーのぬいぐるみを置くようにして。